大判例

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福岡高等裁判所 昭和38年(ツ)66号 判決 1964年1月28日

理由

上告理由第一点について。

原判決は、上告人が手形要件を具備した手形に振出人として署名捺印した上、任意にこれを受取人に交付した事実を認定し、右事実の存する以上、他に特段の事情の存しない限り本件手形は上告人により有効に振出されたものと判断しているのである。そして本件手形の振出に際し、上告人と受取人である訴外有限会社ゼニヤ商店との間に、本件手形を支払呈示期間内に支払のため支払銀行に呈示しない旨の呈示禁止の特約がなされた事実も亦原判決の認めるところである。しかしかかる特約は、原判決の正当に説示する通り、振出人に対し支払呈示期間内における手形金の支払を猶予する趣旨ないしはその時期の如何を問わず支払場所として記載された銀行に手形を呈示して支払を求めることをしない趣旨と解せられるにとどまり、振出人に対し直接手形金債権の支払を求めることを妨げるものではないと解せられる。したがつて右のような特約があつたからといつて、これをもつて本件手形を上告人の所謂「見せ手形」と判断すべき特段の事情ということにはならない。本件手形を「見せ手形」でないとした原判決の判断には、上告人の主張するような違法の点は認められず、論旨は理由がない。

同第二点について。

原判決は、被上告人の前者である訴外大石染工有限会社が、前記ゼニヤ商店から本件手形の裏書譲渡を受けるに際し、上告人とゼニヤ商店との間に本件手形上の権利を他に移転しない旨の特約の存することを知つていたことは、本件に顕われたすべての証拠によつてもこれを認めることができないとし、一方右大石染工が上告人とゼニヤ商店との間に前記呈示禁止の特約があつたことを諒解していたことは、これを窺えないことはないとしているのであつて、原判決引用の各証拠によれば、右判断は相当であると認められる。そこで大石染工は本件手形の裏書譲渡を受けるに際し、呈示禁止の特約については悪意であつたが、譲渡禁止の特約については悪意でなかつたことに帰するのであり、しかも右呈示禁止の特約の趣旨は、第一点において説示した通り、振出人に対し直接手形金債権の支払を求めることを妨げるものでないと解すべきであるから、右特約についての悪意は、上告人の本件手形金支払義務に消長を来すものではない。原判決のこの点に関する判示は明確であつて、何等矛盾するところはない。したがつてこの点につき原判決に理由齟齬の違法があるとする上告人の所論は到底これを採用することができない。

序言…正式の上告理由ではないが控訴の原審に於ては相当事実を誤認されて居ると思うので先以て序言的に客観的事実関係を陳述する、―上告人中野貞雄は訴外有限会社ゼニヤ商店との間に取引関係を持つて居た処取引に基く商売が不如意にて同商店に負債を生じた、然るに同商店としても営業不振、ために他の多くの債権者より債務の弁済方厳重に催促せらるる様な破目に陥つて居た、それで同商店は、不得熄本件中野貞雄に支払請求のため銀行に廻す様なことはしない、同商店に押掛けて来る、債権者に見せる丈けだと言い約束手形の作成方要求した、中野貞雄は前記の如く商売不如意なりしため手形等出して居て突然手形金の支払を強要せらるるが如きことにならば全く商売破滅にもならんことを憂慮したけれ共右手形は手形として実効ある様使うものではないとのゼニヤ商店側よりの言葉なりしにより空から空のものと信じてそれを了承し昭和三十五年十二月三十一日何等取引もない佐賀銀行松原支店支払、額面八万二千円の約束手形を作製し是れを同商店の原口敬に手渡した。如斯にて右中野貞雄は右手形は融通手形即ち換言せば「見せ手形」であつて何等金銭的価値はないものと信じて居たのであり尚、其後銀行に呈示されても居ないので手形の形式を持つた反古同様の書面にすぎない関係のものと思つて居たものである、されば中野貞雄はゼニヤ商店に掛けになつて居る分については別途に現金で少々宛入金支払をしたのであり本件訴訟頃に於ては其金額は合計して既に五万九百円位になつて居たのである、控訴の判決では右五万九百円は手形金中の弁済金だと認めて居らるるのであるが右は全くの誤認である。一面同商店に対する債権者の一人、大石染工有限会社大石吉郎は商品代金の支払の請求をゼニヤ商店に厳達することになつた、しかし、同商店も支払が出来ないので、不得熄、事情即ち銀行には廻されぬ、銀行にまはして手形金の取立てはされないものであることの事情を告げ、右中野貞雄より受取つて居る八万二千円の手形を大石に渡した。同大石吉郎は左様な事情の手形、銀行にまはされぬ手形、換言すれば「見せ手形」ということを十分知悉して該手形を受取つたのである。他面本件被上告人安倍正は何某(吉田某)に金貸したる時右大石吉郎を連帯保証人に立つて貰つて居たものなるに、其主債務者たる吉田某が全然債務の履行をせぬので連帯保証人たる大石吉郎に何度も支払方催促をした、それで同大石吉郎はゼニヤ商店より受取つて居た本件手形をそれは自分が持つて居ても金にならぬ全く困難なる手形だという考えであつたけれ共安倍正に渡した、同人は当該手形が曰くつきのものなることは或は不知であつたかも判らぬけれ共之を受取り其後訴訟となり第一審では上告人当然勝訴の第二審では意外にも反対の結果となり茲に上告するに至つたもので、右一応序言的に事実関係を陳述します。

◎上告理由

第一点

本件手形は融通手形であり世間での所謂「見せ手形」である然るに控訴の原審が其の旨の判断をせざりしは法の解釈を誤まり法令違反をしたものと思料する。

控訴の原審は本件約束手形が被控訴人主張の如き所謂「見せ手形」であるか否かの争点につき按ずるに原審証人原口敬の証言と成立の真正に争のない甲第一号証を綜合すれば被控訴人が昭和二十五年十二月三十一日控訴人主張の様な記載の手形に振出人として署名捺印の上受取人として記載されたゼニヤ商店の代表者原口敬に対し交付した事実が認められるのであつて、右の如く手形要件を具備した手形に振出人として署名捺印した上任意之を受取人に交付した以上は他に特段の事情の存しない限り本件手形は矢張有効に振出されたものと認めるを相当とすべくこれを「見せ手形」とする被控訴人の前記主張は採用し難い―と判示せられ居る。然る処「見せ手形」と称しても勿論客観的には一応手形用紙に振出人が署名捺印し受取人が記載せられ其の他手形作成上の要件が記載せられて居てそれが任意に当事者間に授受せらるることになることは当然のことであり、それが「見せ手形」なりや否やを判定するポイントは、右手形、作製発行授受に特種の条件が附随せしめられ居るや否やに懸るものとすべく本件の手形については前述する如く手形は作製せられ当事者間授受せられたるも一般普通手形と同様銀行にまはす様なことはしないということになつて居たものであり、左様な条件がついて居る限りに於て普通の手形でなく「見せ手形」とすべく、控訴の原審が特段の事情がない限り本件手形は矢張有効に振出されたものと認むるを相当とすべく―とせるも本件では右特段の事情が厳然と存在して居る次第である。

かくて本件手形が「見せ手形」(後記の如く人的抗弁がつけるものとなる)たることを看過し当然「見せ手形」たる本件手形に其の判断をせざるは而して銀行にも呈示せられて居ない本件手形につき「見せ手形」だと判断せざるは判決に影響を及ぼす法令違反であり又慣習法違反であると信じます。

(昭和五年十月八日大審院判例参照)

債務を負担せざる約定の下に約束手形を振出したる時は相手銀行に支払を拒絶することができる。

(昭和35 6 30東京高裁判決参照)

呈示期間経過後の譲渡の手形は手形上の権利につき保護をうけない要するに本件手形が融通手形所謂「見せ手形」更にすすんでは無価値の手形たることを判定せられざりしは法の解釈の誤なりと信ずるものであります。証人原口敬も空から空のものだと言つたることもあり

第二点

判決の理由に齟齬がある。

本件手形が所謂「見せ手形」である即ち他の普通の手形の如く取立のため銀行等に廻す訳には参らざる性質(人的抗弁主張の基本)を備えて居ることをゼニヤ商店より該手形を受取つた大石染工の大石吉郎に於て承知して居たか否かの点については原審判決は理由に齟齬あることを感ずる、即ち右判決では「大石染工が被控訴人主張の如き譲渡禁止の特約の存在を知り乍らゼニヤ商会から悪意で本件手形の裏書譲渡をうけたという事実は未だ以て之を認めるに足りない……といいながら……尤も前顕証拠によれば大石染工が被控訴人とゼニヤ商店との間に被控訴人主張の如き呈示禁止の特約があつたことを諒解して居たことが窺えないではない……と判示して居れり、かかる記載は前記悪意を認むるのか、又は悪意を認めないのか判然せず事実認定につき理由に齟齬があると言はねばならぬ。上告人は大石染工が当該手形をゼニヤ商店より譲渡をうける時、手形として銀行等に取立のため廻すことは出来ない事情のものたることを知つてこれをうけとつた、即ち悪意であつたと断ぜざるを得ないものと信じて居る、従つて上告人は右手形による支払請求については人的抗弁として支払拒絶をなし得るものであり従つて大石染工より更に同手形を受領せる被上告人、安倍正に対しても同様人的抗弁を主張し支払を拒絶し得るものと信じます。

(昭和29 4 2最高裁第二小法廷判決参照)

通常融通手形の振出人と其直接の相手方たる受取人との間には手形振出の原因関係はないのであるから振出人は右受取人に対して融通手形の抗弁を対抗出来ることは言うまでもないことである云々

(昭和36 12 12最高裁第三小法廷判決参考参照)

手形が代理人により権限を超えて振出されたる場合受取人が権限ありと信ずべき正当理由がない時は其後の手形所持人は正当理由があつても手形振出人は責任はない。

余言、

控訴の原審の判決を通覧するに白か黒かの判断につき何人も首肯し得るものが示されて居ない誠に遺憾とする処である。本件では本件手形の性質内容が問題の中心をなすのである。前記したる如く特段の事情ある手形であることが即ち銀行にはまはされぬ「見せ手形」であることが中心をなす、右のことは手形の振出人たる中野貞雄も又同手形の振出方要請したゼニヤ商店の原口敬も明かに証言して居り而して第一審判決でも其の点を判定せられた処であるに拘らず控訴の原審に於ては終始一貫して本件手形は普通の手形であるとの前提の下に彼是論ぜられて居る。例えば中野貞雄が当該手形を作製振出した後に別途に支払つた合計五万九百円の金員の如き手形振出後に右現金は支払はれたのであるから当該手形については額面額は当然支払義務が残つて居ると論ぜられて居る如き其れである。

しかし是は全く首肯し得ない。本件で手形の振出しが前であり現金の支払が後であることは事実なれ共其各につき其の一方が前なるや他方が後なるやの如何は手形そのものの性質内容に何等影響を及ぼさないのである。現金の支払はれた時期の如何を問はず手形に特段の事情たる銀行より取立禁止の約定のつけること依然として存続するものである。

要するに控訴の原審は予断以て事案の判定をなされた恨なきにあらざる処である、上告人たる中野貞雄に於ては事案の黒白につき顕然たる判定をなさるれば承服するも控訴の原審に表はるる如き曖昧とも謂うべき判定には従い兼ねると陳述して居るのである、可然適正なる最終の裁断を冀うものであります、

以上を以て上告理由と致します。

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